会社概要

コンセプト

社会が物質的豊かさを獲得したいま、その重心は人々の心へと移行してきています。 自らの抱く使命感で社会へと向き合う事で、多くの人々はこの心の時代を生きてゆくでしょう。 経営や仕事のあり方自体が変わろうとしています。 私たちMISSIONMINDはそうした時代にありながら、人々の導灯となるべく生まれた企業です。

代表プロフィール

中村 一 / Hajime Nakamura

ミッションマインド代表
http://missionmind.jp/

オリジナルマインド代表取締役社長
http://originalmind.co.jp/

略歴

▼母と二人で生きた幼少時代
私は1969年に、長野県諏訪郡下諏訪町に生まれました。3歳のときに父親を亡くし、4歳のときには祖父を、そして5歳のときには祖母を亡くします。相次いで3人が亡くなったことで、5人だった家族が急に私と母の2人だけの生活になってしまいました。このため母は、学校給食の調理員の仕事をしながら、たった一人で私を育てたのです。私は幼い頃から、何かを「つくる」ことに強い関心と興味を持っていたようです。兄弟はおらず、一人の時間を過ごすことが多かった私は、いつも何かをつくっていました。母はそれを見て、よく私にプラモデルを買い与えました。それは、母は仕事をしながら子育てをしなければならず、私の遊び相手が満足にできないという後ろめたさもあったからでしょう。そうした背景が、私をますますものづくりが好きな少年へと成長させていきました。

▼土地柄にも恵まれ、ものづくりを仕事へ
さらに、私の生まれ育った諏訪地域は、かつて「東洋のスイス」とも呼ばれた、たいへん精密工業の盛んな地域です。私はその諏訪地域で工業高校に入学し機械工学を学び、そのまま地元の製造業を営む中規模企業へ入社しました。最初はフライスや旋盤、マシニングセンタ、ワイヤカットなど様々な金属加工の仕事を担当させて頂いていたのですが、私のものづくりに対する興味は、仕事に就いても衰えることはなく、ますます旺盛になっていき、FA設備のメカ設計や電気回路設計、プログラミングなどの開発業務も積極的に他分野に渡って担当させて頂きました。

▼27歳で独立
そうした様々なものづくりの仕事を約9年間ほど経験させて頂いた後、1997年、私が27歳のときに(株)オリジナルマインドを立ち上げます。オリジナルマインドとは独創的精神という意味です。設立当初から、独創的な自社製品を開発販売することで、いかなる企業の傘下にも入らない自立型企業を目指しました。ところが、吹けば飛ぶような小さく無名な個人企業が、最初から自社製品で勝負すること自体、無謀とも言える挑戦だったのです。何度も自社製品を作っては販売をしてみるのですが、思うように売れず、そのたびに挫折と苦悩を味わいました。しかし、2003年9月に発売した小型3次元加工機が、その翌年あたりから好調に売れ始め、私1人では仕事が回らないほどの売れ行きになっていきます。

▼仕事が「ものづくり」から「人づくりへ」
このため2005年からは、年に1~2名程度の社員を採用するようになっていきます。2008年には、工業大学を卒業した若者を2名採用したことをきっかけに、だんだんに開発業務を任せていき、私はアドバイスをする程度の関わりしか持たなくなっていきました。そしてその頃から私の仕事は「ものづくり」から「人づくり」へと変わっていったのです。私にとって人づくりは、ものづくりよりも遥かに難しい仕事でした。というのは、私はそれまでずっと技術だけを考えて仕事をしてきたので、過去に一度も人を扱う立場を経験したことがなかったのです。つまり私は、ぶっつけ本番で人を扱う仕事に挑戦せねばなりませんでした。

▼社員に望んだ事
私は暖かく和やかな会社を心から望みました。ただ、それは意見の対立をも排除してまで、暖かく和やかにしたいというわけではありません。むしろ意見の違いこそが発展の源泉だと考えたのです。しかし、その意見対立のエネルギーが、会社の外側に向けるべきところを、内側に向いてしまっているという事態を何度も経験しました。会社では、経営者と労働者、社員と社員の間で不毛な摩擦や衝突がどうしても起きてしまうものです。この問題は、私の会社に限らず、あらゆる会社で起きていることでしょう。もしこの問題を一掃することができたなら、日本のGDPは数倍になるのではないかというほど大きなものだと思います。本来会社というのは、経営者を含めた構成員のすべてが、共通の目的、すなわち、経営理念の具現化を目指して働く場です。ですから意見の対立が起きても、それが理念の具現化に向いていれば、人間関係に亀裂が走ることはないはずなのです。

▼人づくりをさらに深く考えるように
どうしてこうした人間関係の摩擦や衝突が起きてしまうのか、私はそれをさらに深く考えていくようになりました。また私は、既述のように幼少期に父親と祖父母を亡くしたことや、一人で過ごす時間が他の人よりもはるかに多かったせいか、人間とは何なのか?人はなぜ生きるのか?宇宙とは何なのか?といった、根本的なところまで深く考えてしまう癖があります。そうした根本的な問いは、一昔前まで、口にすると「そんなことを考えても仕方ない」という返事が返ってくるだけでした。それどころか、口にすることすらできないというぐらい宗教的なにおいのする問いだったようにも思います。多くの人は、そのことに対する答えなど見つかるはずもないと諦めていたのかも知れません。実際、そのようなことを一緒に考えられる人はいないかと探してみても、見つけることはできませんでした。

▼ミッションマインドを立ち上げる
しかし今、人々はそのことから目を背けることができなくなって来ていると私は確信しています。なぜなら、人の生きる原動力が、明らかに私たちの育ったこれまでの時代とは変わってきているからです。産業革命以降、人々は物質的な豊かさを追い求めることに夢中になり、それこそが自分たちの幸福をつくり出すと信じてきました。しかし実際に物質的な豊かさを手に入れた今、人々は幸せになったかというと、残念ながらそうなっていないどころか、このままでは人間社会の持続さえ不安な状態になっています。では、どうしたら本当の幸福を手に入れることができるのか?それを追求していけば、必然的に「人はなぜ生きるのか?」といった根本的な問いに突き当たることになります。そしてその答えを見つけることができた時に人々は、しっかりとした土台の上に立脚し、生き方や働き方、会社経営のあり方、しいては発展的な人間関係の構築ができるようになるのではないでしょうか。こうした背景から2013年の冬にこのMISSIONMINDは始動しました。私はこのMISSIONMINDで、幼少期から考えてきたこと、そして20年間の経営の経験の上で得られた、その根本的な問いに対する自分なりの答えを述べていきたいと思っています。