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理念が人を仲間に変える

レンガ職人の寓話

経営者のあいだでよく語られるレンガ職人の寓話があります。ある旅人が三人の職人に順番にたずねました。「あなたは今、何をしているのですか?」と。

1人目の職人は、積んでいたレンガから目を離さず、「レンガを積んでいるだけですよ」と淡々と答える。2人目の職人は手を止めて、「家族を養うために働いているんです」と言う。そこには生活を守るための目的意識がある。しかし3人目の職人は誇らしげに顔を上げ、「人々のための大聖堂を建てているのです」と語った。その言葉には誇りと使命感が宿っていた。

同じ作業をしていても、その行為にどんな「意味」を感じているかが、人の姿勢も成果も大きく変える。この寓話が何百年も語り継がれてきたのは、それが時代を超えて「人間の本質」に触れているからだと思います。

理念なき経営は、人を「労働者」にしてしまう

私が日々感じているのは、理念を持たない経営は、働く人を労働者にしてしまうということです。作業内容だけを伝えれば、人は「やらされる側」になる。そこには主体性も誇りも生まれません。しかし経営者が理念を語ると、その瞬間に社員は「作業者」から「仲間」へと変わります。理念とは、経営者がきれいごとを並べるためのものではありません。人間が本来持っている「意味を求める力」に火を灯すためのものです。

理性は作業を説明し、感性は理念を伝える

作業内容を伝えるときには、理性が働きます。「何をどうやるか」を整理し、順序立て、頭で理解できるように伝える行為です。しかし理念を伝えるときには、理性だけでは足りません。理念とは本来、感性の領域から発せられるものだからです。なぜこの仕事をするのか、自分の行為が何につながっているのか、この会社は何のために存在しているのか。こうした根源的な意味は、説明ではなく腹から出た言葉として伝える必要があります。つまり理念とは、人間の内側にある感性に直接響く言葉なのです。

感性は人間の根源にあるもの

古代から現代に至るまで、職人も芸術家も技術者も経営者も、みな「意味」を感じることで力を発揮してきました。古代の石工は神殿をつくり、寺院の大工は祈りを込め、職工ギルドの職人は誇りを守り、町工場の職人は魂を込めた。これらはすべて、感性の働きです。つまり感性とは、人間が最初から持っている根源的な力なのです。

経営とは、感性に火を灯す営みである

経営の本質を一言で言うなら、「人の内側にある意味の火を灯すこと」だと思います。作業だけを与えれば、人は労働者になる。理念を共有すれば、人は仲間になる。大聖堂を建てていると感じられる組織は必ず強く、そして美しい仕事をする。その違いをつくるのは理性ではなく感性です。私は、経営者の役割とは、社員の内側に眠っている「誇りの種」を見つけ、そこに理念という光を当てて芽吹かせることだと考えています。


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