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かえって悪かったね

昔、母がよく近所の奥さんたちに何かを差し上げると、後日そのお礼として何かをいただくことがあり、そのたびに母は「かえって悪かったね」と連発していた。私は「そんなふうに思うぐらいなら最初から何もあげなければいいのに」と子どもながらによく思ったものだ。

母は、それだけではなく、お祝いごとやお悔やみごとがあったときも、欠かさずお金を包んで渡していた。どうしてそういう一見意味のないことをするのか。お金や物が行ったり来たりしているだけで、結局はプラマイゼロじゃないかと。

その疑問に対する答えを、ずいぶん大人なってから、映画「ゴッドファーザー」の中で見つけた。

ドン・コルレオーネは、誰かに何かを頼まれたとき、お金を受け取らない。あえて「貸し」をつくっておく。そして、その相手に何か頼みたいことができたときに、貸しを返してもらう。そういう取り引きをすることで、自分の影響力を保っているのだ。

もしお金で取り引きしてしまえば、その場で貸し借りのない状態となり、簡単に関係は切れてしまう。そうなると自分の味方が減ってしまう。だから彼は、たくさんの貸しを作り、味方を増やしてきたのだ。

だが、2代目のマイケルは違った。そういう貸し借りは作らずに、すべてお金で済ませていた。だから彼は孤独だったのだろう。すべてが敵に見えていのたのかもしれない。

今の時代は便利になり、あまり人の世話ならずとも生きていける。だが、母の生きた時代はそうではなかった。いざというときのためには、周りや親戚の助けがどうしても必要だ。ましてや、私の家族は、父のいない母と私のふたりだけ。生活は楽ではなかった。だからこそ母は、義理を決して欠かすことはなかった。どんなに家計が苦しくてもだ。

そういう背景を思えば、私はあの「かえって悪かったね」という母の口癖を簡単には否定してはいけないのだと思った。


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