理念経営
私は、経営者という立場でありながら、「人に悪く思われたくない」という性質があるせいか、言うべきことを言えないことが多く、反省することが何度もありました。しかし、これまでの経営者としての人生を振り返ってみると、むしろそれがメリットになっていることが多かったように思います。そのメリットはいくつかあるのですが、いちばんは「理念経営」という経営方式に辿り着くきっかけになったことです。
人はそれぞれ考え方も価値観も違いますから、同じ会社に勤めていても、ベクトルがバラバラになりがちです。しかしそれでは、どんなに優秀な社員を揃えたとしても、一向に成果はあがりません。なぜなら、船に例えて言うと、乗員のそれぞれがバラバラの方向にオールを漕いでいるようなもので、そのような状態では、減速してしまうどころか意図しない方向へと進んでしまうからです。では、どうしたら社員のベクトルをひとつにできるのでしょうか。
もし私が、どんなに図々しことも平気で言える性格だったとしたら、権力を使って社員を支配統制することで、ベクトルを合わせようとしたかも知れません。しかし私は「人に悪く思われたくない」というような気持ちがあり、それができないのです。それに、その方法では、社員と経営者の関係がお金だけの関係になってしまうことになります。そうしたドライな関係のもとで良い製品やサービスが生まれるとは私には思えませんでした。
ではどうしたらいいか-。その答えこそが「理念経営」だったのです。経営理念、つまり、全社員にとっての共通の目的をつくることでベクトルを合わせるのです。もちろん、その共通の目的は、経営者の私利私欲に基づくものではなく、社会的使命を感じるものでなければなりません。全社員が一丸となってその理念の具現化に努めることのできる内容でなければ、結局は支配統制と同じになってしまうからです。さらに求人の際は、その理念に共感できるかどうかを採用条件とするのです。
理念経営においては、「人に悪く思われたくない」という気持ちも克服できました。なぜなら、権力で支配統制する場合、社員と経営者は対立の関係にあるようなものですから、人に悪く思われたくないというような意識があったのでは指導できません。しかし、理念経営ならば、全社員が理念の具現化を願っているわけですから、そのための指導であれば、社員は抵抗なく私の指導を受け入れてくれるのです。私のような性格の人間でも言いにくいことが言いやすくなるのです。
また、権力を使って社員を支配統制する方法は、人の上に人をつくるわけですから、その組織構造は必然的に固定的で縦型になっていきます。それに対して、理念を共有できた関係というのは、目的を共にする仲間ですから、社員間にパートナーシップが芽生え、柔軟で横型な組織へとなっていきます。(図解参照)
私の場合は、もともと「人に悪く思われたくない」という気持ちを持っていたことから自然とこうした組織づくりをすることになったのですが、理念経営の実現は本当に骨の折れる仕事です。中でも難しいのが明文化でした。自社の社会的使命は何か?どういう方向に進みたいのか?ということについて、明文化したり説明することは意外と難しく、長い間の自問自答の末にやっとできるものなのです。さらに、それを全社員に浸透させていくことも、とても根気のいる仕事です。
しかし、これからの変化の激しい時代においては、全員が一丸となって戦略や計画を考えていかなければなりません。また、日本のような先進国では作業的な仕事が減り、創造的な仕事が増えてゆくでしょう。この「理念経営」を実施し、「横型組織=社員同士がパートナーな組織」をつくることは、あらゆる業種において、今後ますますその重要性を増してゆくのではないでしょうか。