分離の時代を超えて、「ひとつ」を取り戻す
 私は、この世(あの世に対するこの世)というのは、一人ひとりが本気で向き合えば、きっと今よりも何倍、何十倍も豊かで幸せな場所にできるのだと思っています。でも、どこかでそれを諦めているというか、もはや、そういう社会をつくろうという概念さえ持たない人も増えているように思います。
私は、この世(あの世に対するこの世)というのは、一人ひとりが本気で向き合えば、きっと今よりも何倍、何十倍も豊かで幸せな場所にできるのだと思っています。でも、どこかでそれを諦めているというか、もはや、そういう社会をつくろうという概念さえ持たない人も増えているように思います。
私が社会人になったころは(もう何十年も前のことですが)、少なくとも自分の周りの人たちは、今より生き生きとしていたし、何より未来に対する希望があった。でも今は、何か重たい閉塞感が広がってしまっているように感じます。
その背景には、近代以降の社会の基盤をつくってきた「合理主義」や「物質主義的な価値観」があるように感じます。この考え方は、あらゆる物事を分けて分類し、「これはこれ」「それはそれ」というように分離して理解しようとするものです。
それは分析や研究には有用ですが、人にまでそれを当て嵌めると、「個」の意識ばかりが強くなってしまいます。そうなると、周りはすべて他者であり、敵に見えてしまう。だから、自分を守るために相手を攻撃したり、支配したりしようとする。そういう考え方を持つ人たちが増えてくると、社会は殺伐とし、やがては自分を守るための行動だったはずのものが、社会全体、さらには自分自身をも破滅に追い込むという結果になってしまいます。
本来、私たちは「ひとつ」なのだと思います。だから、日本人が古くから大切にしてきた、「個」よりも「場」を大切にする考え方のほうが、まわりまわって個の幸せにつがなるのではないかと感じています。







